秋晴れの街



「今夜」
ジェームズはすれ違いざまに彼に囁いた。彼が何事もなかったかのように歩いていったのを背中で感じる。しかし聞こえなかったのだとは思わなかった。
彼の左足が一回、少し高めの足音を立てる。二人だけの合図。


「なージェームズっ」
穏やかな秋の日の昼下がり、シリウスが浮かれたようすで話しかけてきた。談話室で宿題を片付けていたときだったから、顔は上げずに声だけで「何だよ」と言ってやる。
「俺さー今夜ちょっと出る!朝までも戻んねーかも」
その声は明らかに追求を待っている。
「・・・・・・」
ジェームズは鳶色の髪をした友人のことを思い浮かべた。
「美人か?」
目の前の友人が望んでいるであろう相槌を義務感から言った。シリウスは最近女遊びが激しい。本人は遊んでいるつもりはないのだろうが、好きだ好きだと迫って女が落ちたその2,3日後にはすっかり冷めている彼の行動の、どこが遊びでないと言えるのだ。そして別の女に向かって、その繰り返しだ。特に進級してからは。異性に興味の出てくるお年頃と言ってしまえばそうだけれど。
美人かと問われたシリウスは相好を崩した。そんな顔も、まあ確かに男前で、シリウスの相手になりたがる女子が尽きないのも分からないでもない。
「それがさー美人にも程があるって言うか、あ、別に俺は顔で選んでるわけじゃないんだけど」
知っている。聞きながらジェームズは心の中でつぶやく。基準は鳶色、あるいはくすんだ金の髪で短髪。
「顔が小せーからベリーショートも似合って、金髪が日に当たるとマジきれいで」
以下、彼女はスタイルがいいだの胸もでかいだの気の強いとこがいいだの、甘い物が好きなところが可愛いだの延々と聞かされた。
ジェームズは時々頷いたりして拝聴している振りをしながら宿題をやっていた。次に挙げる魔法薬が必要とされた歴史上の出来事を答えよ。また、なぜそうなったのか簡潔に述べ、自分の考えを羊皮紙3枚分にまとめよ。
羊皮紙3枚とはふざけている。生まれる前の出来事になぜそんなにも関心を払わねばならないのだ。
ふと、彼ならなんと書くだろうと思った。魔法薬学は同じ授業を受けている。スリザリンにも同じ宿題が出ているはずだ。
今夜シリウスは女の所へいくと言う。ならば同室の友人は不機嫌だろう。本人は気付いていないらしいが、空気が帯電するようだ。
今夜は彼と会おう。これはとてつもなく名案のように思われた。最近慌ただしくて、しばらく会っていなかった。(廊下や教室ですれ違うことはあったけれども。)
次の授業への移動のときに伝えようと思った。ひどく待ち遠しい。


夕食後、スネイプはある空き教室にいた。
この広大なホグワーツには使われていない教室も、さらに施錠されていない教室も探せばいくつかある。人目を忍んで会うには格好の場所だ。
スネイプは薄暗い教室を見渡す。自分から誘ってきたくせにあの男はまだ来ていないようだった。それとも早く来すぎたのだろうか、と考えて、ばからしくて鼻を鳴らした。
そもそも、自分たちの関係は何なのかと思う。付き合っているわけでは断じてない。それは男同士とか、属する寮のちがいとかが理由ではなく、もっと純粋に、1+1の答えのように当然だが、当然であるゆえに説明しにくい性質のものだった。
ただどちらかが会いたくなったらこっそり会うような、そこで少し触れ合ったりするような関係だ。こっそり会うのは誰にも見つからないようにするためで、見つかりたくないのはこの時間を無遠慮に侵されたくないからだった。
密やかなこの逢瀬は心地よい時間で、それを構成するジェームズのことはそんなに嫌いではない。
軋んだ音を立ててドアが開いた。振り返ると待ち人が立っていた。
「遅い」
不機嫌に言うとジェームズは気分を害した様子もなく笑った。


「・・・これでeがでるからBに代入すればdが分かるだろう」
「でもそれでbを出したらAが成り立たないじゃないか」
「だからAはこれらとはまた別だからいいんだ」
ジェームズは納得し切れていない顔で唸った。教室に放置されていた何年も前の高等数理学の教科書から適当に一題選んで解いてみたが、思いのほか難しい。大きな黒板は既に二人の字で埋め尽くされている。といってもスネイプは比較的早く理解できたようなので、ジェームズが書く答案に朱を入れながら解説をしている。
「Aは2つの接点を通る接線の方程式で、Bは中心cの軌跡を表しているから・・・」
カツカツとスネイプの白い手が黒板に端正な字を書いていく。
「・・・あー」
ジェームズは黒板の字を見て何かをつかみかけた気がした。そのなにかをスネイプが端的に文字にしていった。
「どうだ」
スネイプが満足気にジェームズを見上げる。
「わかった。なるほど!」
ジェームズは感嘆の声を上げた。破綻のない論理とスマートな解法。思わず笑ってしまった。
「スネイプ、君って、すごい」
「今頃気付いたのか」
スネイプはちょっと笑ってジェームズに寄り添った。ひんやりとした秋の夜には人の体温が快い。
「頭を使ったら腹が減ったよ、何か持ってない?」
「持ってるわけないだろう。だいたいもう夕食を食べたじゃないか」
スネイプは呆れたように言った。エヴァンズは持ってたんだけどなとジェームズは思った。女子のポケットは計り知れない。
「何時間前だよ」
成長期に配慮して1日5食くらいあったらどうだろうとジェームズはいつも思っている。大食漢というわけではなく、食べ盛りなのである。
比べてスネイプは、同い年なのにほっそりとして少食で、たぶん胃袋はジェームズの半分くらいだ。ジェームズは彼をまじまじと見つめた。
「なんだ」
見つめられて見つめ返す、彼の瞳はあくまで深い。キスしたいなと思った。
「スネイプ、キスしよう」
お伺いではなく提案でもなく宣言だった。だから返事は待たない。ジェームズが顔を近づけるとスネイプは黙って目を閉じた。
長く丁寧に口づける。穏やかにしたつもりだったが、唇を離すとスネイプは荒い息をして瞳は潤んでいた。
「・・・けだものめ、」
「何とでも」
ジェームズは強気に笑った。こんな状態で言われてもただかわいいだけだ。しかしそんなことを言ったら確実に彼は怒るので、言葉の代わりに彼の手をぎゅっと握った。