Sの悲劇



今日もシリウスは鬱陶しかった。眼鏡の親友が。 


確かこいつは、勉強という面だけでなく頭が良くて、いつもキレのある悪戯を考え出しては大胆に実行し、クイディッチにおいては我が寮の英雄で、顔だってそんなに悪くない。
この素晴らしく色男な俺様が一目置くようなそんな男であったはずなのだ。・・・しかし。
最近の奴はどうだ。ある生徒を追い掛け回しては幼児のように他愛無い悪戯でそいつを怒らせようとしている。つまり構ってほしいのだ。
その相手が可愛い女生徒ならば(たとえばリリー・エヴァンズのような)、事情は分かろうというものだ。自分だって野暮ではないから生暖かい目で見守ってやろうではないか。
だが問題は、相手が女生徒ではなく、ましてやミズ・エヴァンズではなく、男(!)でスリザリン(!!)のセブルス・スネイプ(!!!)だということだ。
あんな陰気な奴追いかけて何が楽しいんだと訊いたことがある。するとあのくそ眼鏡は気味の悪い笑みを浮かべて「だってかわいいじゃないか。懸命に僕から逃げようとするスネイプ・・・!その瞬間、君は僕だけのものだよ・・・」とほざいた。
眼鏡の度が合っていないんだろうという希望的観測はこのときに捨てた。これは頭の問題だ。天才と何とかは紙一重だという。今の彼は何とかなのだ。
では大親友のこの俺が天才に戻してやる。真っ当な道に戻してやろうではないか。


その日はグリフィンドールとスリザリンの合同授業がなかった。教授の都合で休講になったのだ。スネイプと顔を合わせずに済むと安堵したシリウスだったが、しかしそんなことでへこたれるジェームズ・ポッターではない。
「機会は与えられるものではない。掴み取るものだ」
もっともらしいことを言って猛然と歩き出す。
「おい、どこに行くんだよ」
ジェームズを更正させるためには傍にいなくてはならない。シリウスは早足のジェームズに付いていきながら尋ねた。リーマスは呆れた目で遠くから眺めている。
「スネイプのとこに決まってるだろ。この時間なら東の回廊のあたりだ。あいつ、次は古代ルーン文字学だから・・・」
返事を聞いてげんなりした。この変態はスネイプの時間割を暗記している。だいたい今から東の回廊に行ったら自分たちの次の授業に間に合わない。
「別に今行かなくてもいいだろ!授業に遅れるじゃねえか!」
まともなことを主張したシリウスをジェームズが振り返った。意地の悪い顔をしている。
「お前の口からそんな殊勝な言葉が聞けるなんてね・・・女とシケこんで午後を丸々サボったことのあるブラック君がねぇ・・・そうか、君は成長したんだね?じゃあ過去の面白話としてこのことをリーマスに言っても構わないよね?」
シリウスの顔から一瞬にして血の気が引いた。なんだか微妙な関係の今、そんな余計なことは断じて言ってほしくない。
「えっいや俺成長してねぇし、ていうかリーマスとは別になんでもないし、言う必要はないと思うぜ!」
ジェームズはふふんと笑った。
「じゃあ黙ってろ」
「・・・・・・」
ジェームズは、たぶん、今でも頭はきれる。性格が悪いところなんて昔のままだ。ただスネイプに関してだけおかしいのだ。きっと。
言いくるめられたシリウスはそう考えて自分を納得させた。
「あっ」
ジェームズが突然浮かれた声を上げた。
「どどどどうしよう!スネイプだよ!」
見れば、50mほど先にスネイプの後姿がある。
「どうしようったって・・・」
女子のように頬を染め、ソワソワしているこの男はあんまりかわいくなかった。バカじゃないのかという思いさえする。
「足をもつれさせればいいのかな、教科書をぶちまければいいのかなっ」
恋に悩む乙女の風情で杖を構えている。ちなみにこいつの脳内では『足がもつれて転ぶスネイプ・手を差し出して感謝されるボク』『教科書を落とすスネイプ・一緒に拾ってあげるボク』が計画されているのだろう。しかしスネイプからしてみれば、突然転んだり教科書を落とした直後に満面の笑みの天敵が現れるのだから、犯人が判明して怒り狂うのも無理はない。
ジェームズはそれに気付いていない。「何でいつもあんなに怒ってるんだろ」と疑問さえ抱いている。シリウスはそんなジェームズが哀れなのだった。他のことなら嫌になるほど頭が回るくせに、ことスネイプに関しては何も見えなくなっている。親友のそんな姿は見たくはなかった。
シリウスは意を決して言った。
「なあジェームズ、目を覚ませ!何でそんなにスネイプを構うんだ」
「何だよいきなり」
ジェームズはめんどくさそうに言った。
「いきなりじゃねえよ!おまえここんとこずっと変だ。何かあればスネイプスネイプって・・・前はもっとかっこいい男だったじゃねえかよ!」
「シリウス・・・」
勢いあまって涙さえ浮かべるシリウスの頬にジェームズはそっと手を添える。神妙な面持ちで頷いた。
「そうだね、僕が悪かった・・・」
「ジェームズ・・・!」
わかってくれたのか!とシリウスは顔を輝かせた。しかしジェームズが続けた言葉に唖然とする。
「寂しい思いをさせてごめんね・・・君がそんなにも僕のことを好きでいてくれたなんて・・・。でも分かってくれ、スネイプへのこの気持ち、熱く滾る恋情を!この思いは誰にも止められないんだ!」
朗々と語り上げるこの眼鏡があの親友だと誰が信じられようか。というよりシリウスは信じたくなかった。恋は盲目とはいうが、そんな言葉では片付けられない。
シリウスが呆れ果てて黙っていると、ジェームズは「わかってくれたんだね」と有無を言わせない微笑を浮かべた。
「さあ、こうしちゃいられない!スネイプともっと仲良くなりに行こうっと☆」
眼鏡はうきうきした声で言って、先ほどよりさらに離れたスネイプに呪文をかけた。
突然転んで、さらに持っていた本を床に落としてしまったスネイプは悪態をつきながら立ち上がって本を拾い始める。ジェームズはさりげなく(と本人は思っている)近づいた。
「おいスニベルス、こんな何もないとこで転んだのかよ、間抜けだな!おまけに大事な大事な本もぶちまけちゃって」
本当は、大丈夫怪我はないかいボクも本拾うの手伝うよと言いたいのをシリウスは知っている。そう言わないのはあえてなのか、素直になれないからなのかは知らない。
しかしそんな意訳がスネイプにできるはずもなく、ジェームズの願いがかなう日ははるか遠いのだった。