雨は止んでいる
未明に降り出した雨は途切れることなく続いている。細かい雨粒は呼吸のたびに気道にはりつくようで不愉快だった。 西の空で太陽が燃えているのが雲間からちらちら見えた。雨を厭ってか飛ぶ鳥はいない。 今回の目的は気付かれずに近寄ることではないのであえて音を立てるように足を運ぶが、水分を含んだ下生えが足音を吸収して思った通りの効果はなかった。しかし全身の神経をとがらせている彼はかすかな音にも敏感に反応して、警戒するように振り返る。 「何の用だ」 自分を確認した瞬間全身を逆立てて拒絶するのでそんなに嫌われているのかと少し悲しくなった。 同時にこの世のすべてを敵と認識するような彼がこの上なく不憫に思われる。我が身の行いを振り返れば嫌われるのは自業自得だが、彼を取り巻く環境には多分に彼の意思以外のものが影響している。 「これ、君のじゃないの」 ジェームズが静かに時計を差し出すとスネイプは目を見開いて立ち上がった。懐疑の瞳で凝視されるのも腹は立たなかった。彼のスラックスや袖口やローブの裾に枯れ草が付いているのを痛ましいような気持で見つめる。 「向こうに落ちてたよ…」 雲間から覗く夕日に鈍く反射したそれを目にしたのはまったくの僥倖だった。拾い上げた時計はそういえば以前自分も彼から取り上げたことがあった。ひどく大事なもののようだった。なんだか気に入らなくて妙に覚えている。だからこの時計の持ち主もわかったのだが、あの一件で彼との関係が決定的に険悪になったのを思うと一概によかったとは言えない。 「貴様の仕業か」 射殺すような視線で彼は言った。 「ちがうよ」 短く答えるが彼はどうせ信じていないだろう。ジェームズは構わずスネイプの手に時計を握らせた。小さな手は雨に濡れてすっかり冷えていた。 「大事なものなんだろ」 「一度ならず二度までも」 「ちがうってば。スリザリンの連中じゃないの」 拳が飛んでくるがあいにくと踏んできた場数が違う。なんなく避けたのがお気に召さないようだった。 「低能なグリフィンドールの仕業に決まっている!」 「でも僕じゃない」 シリウスあたりがやったのかもしれない、とは思うが。 しかしスリザリンでの最近のスネイプの立場を漏れ聞く限りではおそらくスリザリン生によるものだろうなと思った。 スネイプは優秀な男だ。ルシウス・マルフォイもその才能に目をかけて、ずいぶんかわいがっているという。彼が必死に探していた時計もマルフォイから贈られたものだと聞く。 その寵愛をねたんで――ジェームズにとってはばかばかしい限りだが――一部のスリザリン生からいやがらせを受けているらしい。今日も時計を奪われたのだ。 「誇り高きスリザリン生が―――」 言いさして、スネイプは唇をかんだ。泣く、と思ったがそんなことはなく、ただこらえるようにジェームズを睨みつける。 そんなにも大事なのか、スリザリンが、マルフォイが。そして、こんなにも拠り所としている寮の仲間から受けるいやがらせが彼に与える心痛を思って、胸が詰まる。 彼を傷つけるものが同じスリザリン生であるとは。 長い間降り続いた雨は二人のローブを確実に重くしていた。時計を探していた時間ぶんスネイプのローブは多く雨を吸い込んでいる。黒い髪から水が滴り落ちる。 思わず手を伸ばすと彼は硬直こそすれ逃げたりはしなかった。髪は手と同じように冷えている。スネイプが動かないのをいいことに白い頬に手をやるとやはり冷えていて、彼が雨の中過ごした時間の長さを思うとただ哀れだった。 「かわいそうに」 口をついて出た言葉は彼の怒りを誘ったようで、白い頬は瞬く間に紅潮した。強い力で手を払われる。 「貴様ごときに憐れまれるほど落ちぶれてはいない」 吐き捨てるような言葉も強がりにしか聞こえないのだった。重症だと思いつつ彼を強引に抱き寄せる。 「・・・・・!」 「泣きたいときは泣けばいいよ」 といってもジェームズから離れようともがくスネイプが聞いているかはわからない。でもこんなに元気ならば涙も引っ込んだんじゃないだろうか。 それにしてもほんとうに嫌われているんだなあと天を仰ぐと夜空には星が瞬いて、雨はいつの間にか止んでいるのだった。
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