6月




しろいちいさな花がいっぱいに咲いて甘く匂っていた。
記憶の中で彼はいつもその樹の下に佇んでいる。


「僕のこと好き?」
と聞くと彼は救いを求めるような顔で見つめてくるのでそれがたまらなく好きだった。沈黙はかならずしも無回答ではなく、どちらかといえば表情が豊かでない彼の、かすかな変化や深い瞳の奥を読み取れるのは自分だけの特権だと思えば世界に対して優越を感じた。
だから彼と意思疎通できる人間が他にもいるということを知った時の失望、というよりもはや怒り、はたいしたものだった。彼の世界は自分で満たしてしまいたかったのに。


卒業後に結婚することになった。思慮深く美しい女性だ。
「スネイプに構うの、やめなさいよ」
湖畔でデートをしているときに、水面と同じくらいきらきら輝きながら、彼女はまっすぐ言った。
「なぜ?」
「ばかみたい。スネイプがかわいそう」
日をはじく赤い髪は彼女の心のように高潔だった。彼を思う人間がここにもいるのかと思った。そして自分はこと彼に関する限り、どんな正論も受け入れないだろうと他人事のように考えた。
その場しのぎに頷くのはさすがに不誠実であると未来の奥さんに対して思ったので、結局返事はしなかった。
二人並んで腰を下ろした場所からあの樹が見えて、その木陰に彼の姿を思い描いた。


はじめてキスをしたのは花が散るころだった。硬質な花びらが彼の髪に肩にぽつぽつ落ちていた。
花の盛りを過ぎて香りはいっそう濃い。
すがりつく彼の細い腕が他の誰かのものであるのは耐え難いことだった。


「結婚を、すると」
しかも相手は彼女だと聞いてスネイプはたまらずジェームズを呼び出した。
「もうそんなに広まってるんだ」
グリフィンドールの英雄はあっけらかんと笑った。スネイプは目の前の男を初めて見るような心地がした。
「なぜ」
「なぜ?」
太陽を浴びて厚い葉がつややかにきらめく。
「リリーを愛してるからに決まってるだろ」
では僕は?という問いは空気に触れる前にしぼんだ。自分たちの関係はしょせん学校という閉鎖空間でのみ存在しうるものであることは自明だった。スネイプは置いて行かれたのだと感じた。この男だけ先に大人になろうとしている。うつむいた先に二人の爪先が見えた。
「君にはマルフォイがいるんだから、僕だって、」
黙ったスネイプにジェームズは吐き出すように呟いた。
信じられないような気持でジェームズを見ると彼は顔をそむけていて鋭角な横顔はさびしげだった。
「ではお前は僕が先輩を好きだと思っていたのか」
スネイプが声を震わせると、
「違うの?」
と心底不思議そうに言うので、ひどい男だと思った。二人の間には真実何もなかったことを実感した。心を通わせていたと感じていたのは錯覚だった。寄り添っていると思っていたのは錯覚だったのだ。
「ねえさいごに、キスをしよう」
抱き寄せる腕はこんなにも現実であるのに。
「・・・・・」
沈黙を肯定と受け取ったのかジェームズは顔を寄せてくる。
間近に迫った榛色の瞳をのぞき見て、スネイプは黙って目を閉じた。